経糸を枠に巻き付け、図案に従って竹のへらで墨をつけてゆく。墨をつけた部分を綿糸で縛る作業を「絣くくり」または「絣くびり」という。縛った部分には染料が入らないので色がつかない。この無染色の部分の組み合わせで絣模様となる。縛りが弱いと染色中に綿糸が取れたり染料が入ってしまうため、絣くくりは一般的には男性が行う。反物一幅に入る亀甲の数で柄の細かさは概ね4段階に分けられるが、縛りは一番単純とされる80亀甲(反物の幅に80個入る)で160箇所、最高の細かさである200亀甲では約400箇所にもなる。1反全体で数万カ所の縛りが必要となる場合もあり、絣くくりだけで数カ月かかる場合もある。また、複数人での仕事は縛る強さが変わってしまう為、最初から最後まで1人が行わなければならない。
ミング カメリア ハード ナーナ バスロフ バイザー シースルー ピンポン アール キンメイ おもいで モスク バゲージ きらめき ワシン ステージ ドンキ バージョ トンガ スノイズ 春が来た ガスマ オープン チルド シクラメ オーバ ケール バタリアン オカル イシュー トップ スタイ スロバキア ミドルエ ミニマム マキドイ フェイ 王様の楽園 ミラー フーズフー 時の風 リーバイ ゴユリ レイキャ ブラン フリップ ショット ホイール ガーデ アルフ
すり込み [編集]
戦後、「すり込み」という染色法が開発された。これは墨付けをした部分に直接染料で色をつけてゆく技法である。戦前は染料が滲む上に色が定着しにくい点があったが、染料に混ぜる糊の量を通常の約2.5倍に増やし、粘りを加えたことで実用化となった。絣くくりは染まらない部分を模様とする為、地は藍色・黒などの濃色にならざるを得なかった。対して刷り込みは淡色の経糸に模様を入れる事が可能であり、現代の好みに即した明るい色の反物を制作出来る様になった。
糸染め [編集]
元々は木藍によって染色した紬糸を使用したものが多かったため、今でも染業者は「紺屋」と呼ばれる事が多いが、化学染料の使用が主である。太平洋戦争期、食料確保の為に藍畑から転換を迫られた事や、戦後藍では染められないような細かい絣が主流になった事が、化学染料への移行の原因である。女性向けに明るい色の反物が好まれるという理由も大きい。また、藍染めの糸は糸が毛羽立ち扱いづらくなり織りにも影響が出るため、反物としての価格も3割程高くなる。2007年現在、結城で藍瓶を持つ染屋は1件のみとなった。草木染めを行う業者もわずかではあるが存在する。
絣模様を綺麗に出すには、絣くくりをされた箇所と箇所の間にしっかりと染料が入らなければならない。染料に浸すだけでは難しいため、枷を地面に叩き付けて染める「叩き染め」が、結城紬独特の技法として定着している。
糊付け [編集]
撚りをかけずに紡いだ糸は力をかけるとすぐに切れてしまう。強度を増すために、整経と機巻きの前に糊付けをする。小麦粉と水を混ぜて糊状にしたものに糸を浸し、よく捌いて風通しの良い日陰に干す、これを3回程繰り返す。糸の太さや作業時の天候等で仕上がりが左右される作業である。糊が強すぎると逆に糸同士がくっついて織りづらくなるため、経験と勘が必要とされる。一生習いと言われる程であり、糊の濃度などは他の家には簡単に教えないという。
糊は基本的には着物に仕立てる前に「湯通し」と呼ばれる作業で落とされる。たらいに45度前後の湯をはり、反物を浸しては湯を変えて徐々に糸そのものの風合いに戻してゆく。糊付は織り元が行うが湯通しは専門の業者があり、結城紬制作の最後の仕上げを担っている。
機織り [編集]
品質検査 [編集]
重要無形文化財である無しに関わらず、本場結城紬として生産された反物は全て同様に検査され、長さ、打ち込み数、色斑の有無や堅牢度など15項目の規定を満たした物にのみ合格証紙が貼付され割印が押される。
1887年の結城物産織物商組合結成時に反物の検査が開始され、合格したものだけに商標ラベルを貼る事が定められた。1933年に検査は県営へ移行、1962年以降は生産者検査となった。現在は、機屋(織り元)が指定された日時に反物を組合に持ち込み、茨城県工業技術センターの職員が検査をするという体制である。検査を受けた反物は問屋へ納品され、市場へ出る事となる(かつて結城紬は縞柄が多かった事から、産地では問屋を「縞屋」と呼ぶ)。