前記の太夫にちなんで「大橋」の源氏名を受け継いだ。 本項で述べる太夫である。
生没年は未詳。和歌、書画に優れていた。 本名は「律(りつ)」で、もとは江戸住まいの旗本の娘であった。 何かの事情で父親が浪人となり、京に移り住み、 そののち嶋原に入る。 武家の娘としての深い教養が 彼女を当時の嶋原の名妓の地位に押し上げることとなる。
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梅のはな たか袖ふれし にほひぞと 春やむかしの 月にとはばや
のちにある人に身請けされ、退廓。その人物とは 死別し、栗原一素と再婚。冷泉家に入門し 和歌を学ぶ。
その後出家し、禅尼・慧林尼となる。